大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和54年(く)115号 決定

主文

本件各抗告を棄却する。

理由

本件各抗告の趣意は、被告人らの抗告申立書に記載されているとおりであるから、これをここに引用するが、要するに、原裁判所が被告人らに対する保釈保証金の額を、原審共同被告人松下知、勢川雅彦、氏家悌一らについては一〇〇万円としながら、被告人らについては、一二〇万円としたのは違法である、というのである。

そこで関係記録によつてみると、本件はいわゆる新東京国際空港乱入事件に属するものであるところ、原裁判所が係属中の右事件の被告人一一名の保釈請求に対し、その各犯情の判断資料とした検察官の保釈請求に関する意見書(以下意見書という)によれば、被告人らはトラツクに乗つて第八の二ゲートから同空港内に突入し、右トラツクを同空港警察署正門前に激突させて鉄製引戸を押し倒し、同署前路上及びその周辺において火炎びんを投てきするなど頭書の事件を敢行したものであり、他方松下ら三名は、他の多数の者らと徒歩で同ゲートに到着し、被告人らの右犯行に続いて同署前路上及びその周辺において火炎びん、石塊を投てきするなどの犯行に及んだものであり、被告人ら先行トラツク部隊に属する者と松下ら後続徒歩部隊に属する者との間には、犯情に軽重があることが窺われるから、原裁判所が右のような「犯罪の性質、情状」の差異に基づき、松下ら三名と被告人らの保釈保証金に二〇万円の差を設けたのは相当と認められるのであつて、被告人らに対する保釈保証金を一二〇万円とした原決定には、所論のような裁量権の範囲を著しく逸脱した違法はない。

なお、所論は、原裁判所が前記意見書に述べられているところに従つて被告人らの犯情を考慮したことは、予断排除の原則に違反して保釈保証金を決定した違法がある、ともいうが、前記意見書は、検察官の捜査資料に基づく保釈請求に関する意見(主張)に過ぎないのであつて、原裁判所が右意見書の記載事実を前提にして被告人らの犯情を考慮し、保釈条件を決定したとしても、その判断は保釈の条件を決定する限りにおいての一応の判断にとどまるものであつて、もとより公訴事実に関する心証形成につながるものではなく、なんら予断排除の原則に違反するものではない。特に本件においては、原裁判所の意見書によれば、原裁判所は、本件冒頭手続では検察官請求の書証のほとんどが、弁護人から不同意とされ、被告人らの個別の犯情については判断資料がないことにかんがみ、弁護人に対し、前記意見書に明記された被告人らの個別行為につき疑義があれば裁判所において検察官の手持ち証拠を閲読するほかない旨を告げたところ弁護人から現段階での証拠の閲読は控えてもらいたい旨の申し出があつたため、予め弁護人の了解を得て前記意見書に記載された事実を前提にして保釈の条件を確定したことが認められるのであり、しかも前記意見書に記載された犯情の差異は、冒頭陳述書においても触れられており、今後それらが証拠により明らかにされていくものと考えられることに徴すると、原裁判所が前記意見書に基づいて犯情を考慮したことに誤りがあるとは認められないし、またその判断が予断排除の原則に違反し、被告人らの犯情に予断を抱いたことになるとも考えられない。

以上のとおり、原決定中の保釈保証金額に関する部分については、所論のような違法はなく、論旨は理由がない。

よつて、本件各抗告は、いずれも理由がないから、刑訴法四二六条一項後段によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(向井哲次郎 小川陽一 中川隆司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例